シャンカラの樹の下で - 瞑想とヒトリゴト -

瞑想・前世・白昼夢。自分の見て感じる世界に対する考察・感想・検証の独言。

スピリチュアルが嫌いな私が、それでも信じた理由

スピリチュアル嫌いが内なる声に向き合おうと決めた理由

私が自分の内なるもの(自分の内側に届くもの)に耳を傾けようと決めたのは、現実世界の人間関係を諦めたからだった。

実際には生まれた頃から、そういう存在とずっとつながっていて、ハッキリとアクセスできたのは中学生の頃だった。
でも私は、目に見えない世界に対する関心が薄かった。そのときに様々な恩恵を受けたので、個人的にはその存在の愛を認めたし受け入れもしたつもりだ。
でも、それは私にとって、目に見えず、声も発さず、形もない。

白銀の光と無限の愛(という雰囲気)だけが感じられた。
インスピレーションや白昼夢でメッセージを受け取るようにはなったけど、多くは言葉ではなかった。

そのときの体験は、私に衝撃と感動を与えたし、自分の内的世界を大きく変えたと思う。
だから私は、さすがに神様がいるんだろうということだけは否定できなくなった。

でも、スピリチュアルに飛び込むには、その世界は信用ならないと感じられるものだった。
母親がスピリチュアル好きだったから、色んな霊能者やヒーラーと呼ばれる人々に会ってはきた。でも、その大半は、いつも無根拠な事しか言わず、陰謀論が混ざりやすく、嘘か真かも曖昧で、裏取りすら避けたがる。人間臭くて欲望や感情に振り回される人ばかりに見える。
だから、好きになれる世界ではなかった。

親元を離れると共に、スピリチュアルと距離を取るようになった。
今でも、既存のスピリチュアルにはあまり近づかないようにしている。

それなのに、自分の内なるものに関わろうと思ったのは、私自身の、呪いとも呼べる特性が理由だ。
私は子供の頃から、他人との縁がとことん繋がりにくいタイプだった。

ほとんどを不登校して過ごしていたこともあるが、縁が深まりそうになっても疎遠になったり、環境が変わったりする。
例えば何かバイトを始めても、不測の事態とか自分の体調や環境の変化によって、辞めざるを得ない事態になる。
これが、半年ピッタリ、1年ピッタリに起こる。そうしてまた家の中に引き戻される。

人間関係は、例えば恋愛関係となると、お互いに良いなと思って距離を縮めようとした相手が必ず足を切断する。
他にも、電話にノイズが入って繋がらないとか、メールが双方向届かないとかが繰り返される。
そのため自分で選ぶ試みは3人目で諦めた。

そのようなことを何回も何回も繰り返すため、いつしか『呪い』のような扱いになっていた。
家族も、後に結婚した配偶者も、そういうものだと受け入れるしかない状態になった。

(ちなみに今の配偶者は、諦めが済んだ私が、良い人をくださいと神様にお祈りをした2日後に出会った人である。それもあってか、電波なところも対人が困難なところもスンナリと受け入れられている)

それ以降も、世俗的なことに挑んでは妨害されてを繰り返した。
自分で選んだ仕事ですら不可解なストーカーが発生したが、それが呪いの話をしだしたり、人間では説明不可能な事などが起こるため、人外ではないかと言われた。

このように徹底して妨げられて、やっと諦めがつくようになった。
そして人間関係が難しいなら、人外関係を大事にしよう……と思うようになった。

これが、私がずっと避け続けていた、内なるもの・目に見えないものと向き合うようになった理由だ。

どうして、ここまでされて恨まないかというと、大きな制限を受けている一方で、庇護も受けていると理解しているからだ。
私は彼らにとって、いわば箱入り娘みたいなもので、道から外れないように、大事に大事にされているのだ。

その道というのは、前世から持ってきたもので、彼らとの約束でもある。
それについては、ゆくゆく気が向けば記述したいとは思う。

インド占星術との整合性

余談だけど、最近、面白いなと思うのが、自分が見て感じてきたものがインド占星術に現れていることである。

私は9室に逆行の水星と金星を持つのだが、逆行というのは、前世から持ってきたものを指すらしい。
9室は宗教や高次の存在、高次の師を指す。水星は知性やコミュニケーション、金星は結婚や美や快といったものを指すようだ。

で、実際に私は、高次の存在から独自の知恵を聞き、瞑想を介して神殿を行き来して、遊んだり愛し愛されたりを楽しめる。
そして事実それは前世から持ってきたものである。
そのあたりが、この9室に現れていると見ると面白いなと思う。

また、私にそういう宇宙とか魂とかの話を聞いてほしいなら、実在の人間から聞きたいと思っていたのだが、既存の情報では満足できず、高次の存在から直に聞くしかないというのも、ここに現れているようで面白いと思うし、諦めが付いた理由のひとつも、これだったりする。