神様ってどんな存在?私が感じた“彼ら”のこと【続】
これは前回の記事の続きである。 shankara.hateblo.jp
前回のでは、少し情報が不足している気がしたので続ということで書き足す。
『いわゆる神様』について
私が前回の記事で"いわゆる神様"と表記したのは、どういう意図だったかを、まずは詳しく説明したい。
これは前回の記事が、どのような神様についてを語っているのか? をさらに具体的に記述したものである。
- 私が関わりがある彼らというのは、どうにも、人類史の中で、信仰の対象にもなったりならなかったりするような類の神々であるようだ。
- 特に、修行とか行者に縁がある神々のようだ。(でもスパルタではないかな……)
- べつに私が個人的に神様と呼んでいるわけではない。
(むしろ逆に、私は彼らを神様とは普段あまり呼ばないけれど、多分、神様と呼ぶのが世間的な見解に一致すると思うから便宜上そう呼ぶだけ) - 彼らは、自身のことをべつに神だとは自ら率先して自称していない。(その時代・その場所の人間側がそう呼ぶだけだから)
神は神だと名乗らない
名乗らない。これは本当に……そう。
どうしてかというと、彼らはその肩書が無意味なことを知っているから。
神とか名前というのは、その時代・その場所にいる人々が呼んだというだけで、彼らにとって、それが唯一無二ではない。
人間だって、たくさんの生まれ変わりがある。(と、このように書くのが正確かは横に置いといて……便宜上)
神だってそうで、たくさんの姿、形、立場、意識を、変身しながら繰り返しているので、ひとつの個に固執することが感覚的に合わないっぽい。
そもそも彼らは、諸々の意識・魂というものが、宇宙意識の右と左でしかないということが既に常識になっている存在だから、個として表現するという感覚が合わないようだ。
それに聞いても、上記のように答えるだけで教えてはくれない。
あたかも個であるかのような誤解を生むことに繋がるため、世界に対する理解が歪むから、良いことだと考えていないようだ。
どこの神様だとか、なんの名前で呼ばれていたかとか、そういうものが気になるのは人間側だけ……ということだ。
でも、神と名乗る存在もいる
でも、そういうのは、それ自体が、まだ個という意識に囚われていて生死を越えていない段階だという証拠でもある。
それに、多くは崇拝されたいとか、権力欲が動機で「神」という肩書を使おうとするから、そういうものは、あまり信用はしない方が良いと聞く。
ただ、日本の場合、けっこう色んな存在に神という言葉を当てはめるので、それはそれで神の一種……と見ても良いのかもしれないけれども。
それでも、関わることは慎重になったほうが良い対象であることには違いないだろう。
ただ、神と崇拝されたいという動機であっても、それでも、そのために霊的指導を入れてくる未熟な霊もいるにはいる。だからもう、こればかりは、どう線引きするか……人それぞれな面もある気はするので、私は完全には否定しないという立場。
ハッキリ言って、どういうものに縁があるか・どういう因果を持っていて、何をするために生まれてきたかは人それぞれ違うので、危険だからダメどうこうって言ってハイOKみたいなものでもないと思っている。