仙道修行で眠らなくなった話
今回は、3ヶ月ほど集中して仙道修行に取り組んでいた頃の体験でも書こうかなと思う。
その頃は毎日1時間〜2時間ほど小周天をやっていた。ちょうど夫が立て続けの出張で、おかげで集中できたからそれができたわけだけど、確か1ヶ月ほどした頃だったか急に睡眠時間がガクッと減った時期があった。
ほとんど眠らなくても疲れない。ボーッとするどころか、むしろ頭がスッキリと冴えて活動的になった。
無理やりそうしているわけではなくて、30分〜1時間も横になれば自然と目が覚めるのだ。
だから4時間おきとか6時間おきとかで横になるか瞑想をしたりして過ごしていた。
子どもに付き合ってやるアクションゲームも、いつもみたいに動体視力が追いつかないなんてことはなく、まるで若い頃のようにスイスイついていけて、マトモな戦力になれた(笑)
さらに、長時間の外出で少し疲れることがあっても、椅子に座って少し休めば疲労感が取れるようになった。
だからますます眠らなくても平気になった。
このように肉体的に大きな変化が起きて、その状態が2ヶ月くらい続いた。
でも環境の変化か、あるいは別の要因か、その状態は、あるとき急にまた戻ってしまった。
恐らく夫の出張が終わったからだと個人的には思っている。といっても、夫が悪いと言いたいわけではない。
そのころ集中的にそれができたのは、夫が立て続けに長期のベトナム出張へ行っていたからこそ静かな空間が確保できていたのだと思うし、帰国した夫は、それはそれは疲れ切っていてヘトヘトだった。
夫はとても世俗的なことに強いタイプの人間で、よく動き回る活動的な空気を持っている。
だからその空気の影響を受けることは、静的な空気を必要とする瞑想や小周天のような行法には、いまひとつ適していない。
夫婦間のエネルギーというのは、どうしても、ある程度混じるものなので自分だけのエネルギーというのを確保し続けるのは少々むずかしい。
それこそ、ベトナムと日本くらい距離を大きく広げれば別だけども、ひとつ屋根の下にいて影響なくいることはまず無理だ。
ということで、それを期に私の仙道修行はストップしたわけだけども、まあまあ仕方がないことだと思って個人的には受け入れている。
べつに仙道修行とかスピリチュアルな体験だけが、この世の至上ということもないし、それだけが人生だということもない。それだけが修行になりえるわけでもない。成すべきときに成すべきタイミングで、成せるものをするだけだ。
一緒に居るからには一緒に居る理由があってのことだし、夫婦というのは縁があってやっていることである。
と、このような考え方なので、次にそれができるタイミングが整うまでは、しばらくはお休みというわけだ。
でも、気軽にこもれるような山でも、近所にあったら良いのにな。と思う出来事でもあった(笑)
でも余談なんだけど、私は瞑想やら仙道やらヨガやら、そういう修行系をあれこれとタイミングが合えばつまんでいるけど、自然と眠らなくなるとか、瞑想中は極端に地獄耳になるとか、まあ色んな前世を見たりとかもしてきた。心を読むのも体験したことがある。当然光も見える。幽体離脱や明晰夢も経験済み。
そういう世間的に「クンダリーニの覚醒で体験できる」と言われてることを、特に劇的な変化も感動的な体験もなく経験するので、その手の本とかを読んでいると、んんん……?? じゃあ私のコレ一体なに? とよくなってしまうんだけども、なんかこういうのって前世ですでに行を一通り済ませていると、そのようになるらしい。
ということで前世で一通り修行を済ませている人は、ほとんど劇的な体験をしないようだ。ふーん。くらいの感情で特に感動もしない……。残念ながら。(でもリスクが無いから残念でもないか……?)