魂の記憶が現実に投影されるしくみと、未来の苦を避ける方法
過去記事で、今後、起こりうる苦を避ける・あるいは緩和する方法が存在するという話を少しだけやったことがある気がするので、今回は、それのお話をしたいと思う。
その前に、人生において苦が起こる原因を書いた記事はこちらになる。 shankara.hateblo.jp
さて、以下が今回お話する本題だ。
苦を避ける・あるいは緩和する方法
(過去世も含めて)過去に課題として魂に刻まれたものは、どこかのタイミングで何らかの形で噴出する。
その噴出は遅かれ早かれ避けられないものだが、その出方がまろやかになる・さらに、今後に課題となることを避ける方法なら存在する。
それは、仏教の十戒なんかが基準にするには便利なんだけど……とか言い出すと記事としてつまらないと思うので、ここでは、その仕組みの視点から説明したいと思う。
1:魂にとっての一番の経験は自分の言動だ
自分と世界が別々のものだと考えると、このあたりの理屈はわかりにくいかもしれない。けれども、自分というのは本来、自己意識だけで、感情も思考も肉体も世界も、自己意識にとっては等しく観察したり経験する対象のものである。ということを踏まえると、これはわかりやすいはずだ。
つまり、自分が世界をどう見たか? それに対して、何を考えて・感じて、行動して・思って・経験したか? あるいは影響しあったか? という主観を通じて築かれていくものが、潜在意識に刻まれる、魂の記憶である。
魂の記憶というのは、しばらくは無意識下に沈殿しているけれども、やがて外界に投影されて主観世界に映し出される。その記憶というのは、ひとつだけじゃない。分刻み、秒刻み、あるいはもっと細かな間隔で膨大な情報を蓄積した状態になっている。
それらが混ざり合って反映されるため、自分がやったことが、そのままストレートに外界から返ってくることもあれば、湾曲して返ることもある。
つまりどういうことかというと、例えば自分がイライラして相手を殴ったとする。それが魂の記憶から外界に投影されて、『イライラした相手に殴られる』という形でストレートに返ることもあるし、「イライラしている」と、「痛み」という部分が抜き出されて、別の何かとミックスされて、イライラしている人が八つ当たりに蹴り飛ばしたゴミ箱が、自分にぶつかって痛い思いをする。という形になるかもしれない。
夢をイメージしてもらうとわかりやすいかもしれないけれど、夢というのは起きているあいだ見聞きしたものをベースに構築される。だから、例えば何か不安があったとき、そのまままっすぐ夢の中に出ることもあるけれど、そうじゃないこともけっこうあって、自分の考えや悩みや精神状態が象徴として現れる。
それと同じようなもので、あれこれと混ざった上で、どの経験から来ているのか、原型がわからない形で現れることもよくある。
でも、しっかりと過去を思い返せば原型がわかる形で現れるものも、同じように存在しているというわけだ。
(ただし主観世界の場合は夢と違って、ずっと辻褄が合っていて、連続性があって、世界観に根ざしており、現実的だという特徴がある)
2:潜在意識は正直だ
外界への投影の前段階である魂の記録。これは潜在意識でもあるわけだが、この部分というのは本当に正直者で、自分自身の詭弁、誤魔化し、色眼鏡、バイアス、感情、そういったものを取り除いて、まっすぐに保存されている。
だから、例えば、ここに野良猫に餌をあげている人がいたとする。その人は、自分の寂しい気持ちを猫で誤魔化したいという本音があったけれども、猫がかわいそうだから優しさでそうしていて、表面的にも、自分は優しさからそうしているんだと考えていたとする。
でも潜在意識というのは、そんな自分自身の行動やそれに伴う感情や思考というのを、優しさとしては記録してくれない。『寂しい気持ちを誤魔化している』という、隠れた本音側で記録する。
そのため、往々にして、こんなハズではなかったのに。こんなつもりはなかったのに。という返り方をしたりもする。
その場合は、とくに厄介で、なにが原型だったかを掘り返すことも難しくなってしまう。
これらの要因によって、無意識下に積み上げた『傷としての記憶』が、ゆくゆくの課題として積み重なる仕組みがある。
では、その課題を避けるには? また、緩和するには?
1:課題を積まない(未来の苦を避ける)ようにする方法
傷としての記憶に繋がる行為や言動や思考のようなことを、なるべく避けることである。
そのための指針として、きれいにまとまっていると思うのが、自分の知る限りでは仏教の十戒だ。
だから充分に参考にできるとは思うけれども、ようするにポイントは以下に集約される。
- 他者を苦しませない。
でも、他人を苦しませないことと、他人のための都合の良い人間とか、イエス・マンになることはまったく別なので、そこは切り分けた方が良い。
……となると明確な基準が必要だと思うので、やっぱり具体的に列挙しておこうと思う。
避けたほうが良い言動や思考の指針:
- 暴力を振るわない。生き物をむやみに苦しめたり殺したりしない。
- 性欲のために他者を利用しない。つまり性的関係のための人間関係を持たない。
- 他人の大切なものを奪ったり盗んだりしない。これは物質も、人間も、作品も、あらゆるものが含まれる。
- 悪口を言わない。陰口も同様だ。他者を傷つけるための言葉を吐いた自己の姿を、つねに自意識は見ている。
- 悪意によって他人をコントロールしようとしない。例え本人に見られていなくても、4と同様である。
- 嘘をつかない。他人を騙さない。
- 詭弁やきれいごとを使って誤魔化そうとしたり隠そうとしない。
- 憎しみ、嫌悪、嫉妬、怒りの感情を避ける。脳内シミュレート等しない。(脳内で怒りを感じる悪人は、脳内で自分が生み出した虚像である)
- 必要以上に執着しない。(それが苦しみや摩擦を生む原因になる)
- 魂の声を聞く努力をやめない。(学びを放棄することになるので課題ループにはまりやすい)
これらの方法というのは、まだ無い課題を避けるための方法なので、すでに課題として抱えている場合、どうしても避けられなかったり、わかっていても止められなかったり、一時的には我慢できてもまた戻ったりする。
どうしても我慢できないもの・止められないものというのは、すでに課題として抱えているものだ。そのため無理をしてまで止めたり、達成できない自分を責める必要はないと私は思っている。
課題というのは先送りにしても噴出するので、無理をすると反動になってしまうので良くないからだ。
逆に、すでに課題を持たない人にっては納得感があるはずだ。そういう人は、今後も避けた方が良い、明確に苦の因子を作るものたちとなっている。
また、ここに書いたのはあくまでも目安である。他にも世の中には、他者を苦しませる原因を作る行為は色々あるだろう。
それに、実際のところ、これらも固執すべき目安ではないと私は思う。
なぜなら、これを絶対的な正しい行いなのだと考えて固執してしまうと、今度はそれができない人間を悪だと感じたり見下したり、できない存在を過小評価することにも繋がる。それはそれで良くない。
だから、ここに目安としては書いたものの、今の自分に他者を苦しませるふるまいはないか? あるとしたら、どうしたら止められるか? を自分自身で思考して見つける・気づくことが最も建設的だと思うし、それが一番、自分自身の課題にも適合していて、ためになるものだと私は思う。
以上が、未来の苦を避けるための方法となる。
2:課題を緩和する(今ある苦を和らげる)方法
この方法というのは、ようするに、主観世界というのは、魂の記憶(潜在意識)の投影によって形となるので、その投影に傷が多く含まれるなら、そこに、癒やしや助けとなる要素を混ぜてしまおうという方法になる。
主観世界というのは、先に言ったように様々な潜在意識にある情報がまぜこぜになって、混ざり合って表れ出たりする。
つまり、楽に繋がる記憶を増やすように意識していくと緩和することができるし、うまく行けば課題の完了が早まるというわけだ。
では、その方法は一体どいうものかというと、以下である。
先の苦が起こる原因の反対を考えてもらうと、わかりやすいかもしれないけれども――
- 他者の助けや喜びにつながることをする。
でも、これはこれでやはり、シンプルに言ってもわかりにくいと思う。
例えば、自分にとって助けや喜びと感じるものと、他者がそう感じるものは異なる。
それに、たとえば、ここにケーキ好きの人が居たとして、その人が喜ぶからといって、無限にケーキを買ってきて食べさせ続けると相手は糖尿病になるだろう。このように、相手の欲望に答えることは、相手の助けや喜びに繋がることではなく、むしろ苦しみに繋がることだと言えてしまう。
だから、これについても、やっぱり具体的な指標が居ると思うので、列挙したいと思う。
が、長くなりすぎるために、次回の記事に回したいと思う。